KIRARI MACHINOHITO

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【三味線奏者】高橋 泰久(たかはし やすひさ)

 今回は近江八幡市末広町にお住いの、三味線奏者の高橋泰久さんをご紹介します。
59才のある日、TVで津軽三味線名人の初代高橋竹山さんの追悼番組での演奏を聴き、悲哀にみちながらも、力強く洗練された音色に魅せられました。そのあと偶然に、吉田兄弟の京都での路上ライブに遭遇されます。その時「定年したら津軽三味線を習いたい」と強く心に思われました。そして、滋賀県で津軽三味線の指導をされている、日本民謡晃和会主宰の山口晃義さんに師事されます。山口先生は風土や文化と方言が、津軽三味線の演奏に独特の間を作っていることを、肌で感じて欲しいと「三味線を持つ前に津軽を知れ」と指導されていますから、高橋さんも教室に通い始めて半月後、津軽へ三ヶ月の三味線修行に旅立たれました。

三味線修行では3回/月あるテストに合格し、演奏者合同のステージで2曲を演奏させてもらえなければなりません。その最大の関門は自分で演奏の音を聞いて、自分で譜面をつくること。津軽三味線は譜面を教えるのではなく、『手』を教えることが最高の方法だと言われるため譜面がないのです。そして方言に馴染み、風土・文化・伝統を体感するため人に交わり、演奏の間を体得すること。高橋さんの趣味のランニングで岩木山まで、毎朝16キロを楽しまれ。近くの定食屋で昼食をとりながら、人と交わる生活を実践されます。「定食屋の奥さんとも話せるようになった頃、『まみじく、さがしく、あずましく』という津軽人の心を表した言葉をもらったんです。元気で長生き、賢く、達者で、気持ちよく爽やかにという意味なんです。大切にしたいので、最勝院を訪れた際に和尚さんにお願いして、色紙に書いてもらいました。すぐに快く書いて下さったので、とても感激しました」と話されます。その5年後、津軽へ2度目の三味線修行に行かれ、3ヶ月間、伝統芸能伝承師の五十嵐清勇さんに師事されます。更にその1年後、五十嵐先生の紹介で、金沢の一川明宏さんが指導されている3ヶ月間の合宿に参加されます。「この時が一番厳しかったですね。なんせこの短期間で、舞台で演奏する7曲を練習するんですから…」と笑われます。今でも毎日、午前中に2~3時間、午後に1時間の練習をされていますから、高橋さんの60才からの手習いは凄いですね。
津軽三味線には2つの演奏法があり、大多数の津軽三味線は良く知られている叩き三味線。でも、津軽三味線の始まりは弾き三味線なのです。ボサマと呼ばれる盲人が、門付け(家の軒先)演奏していたものです。叩き三味線は祭や市中の舞台で演奏するようになり、舞台映えする派手な三味線の演奏として、芸人たちが競い合って発展しました。門付けは時代と共に廃れ、その芸は消えそうでしたが、高橋竹山さんが弾き三味線を生き残らせ、洗練されたものに変えていったことで今に続いています。
高橋さんの活動ですが、各地の老人施設や地域のイベントで演奏される、多忙な日々を送られています。「演奏会の最初と最後は決まった津軽民謡を弾きますが、童謡や唱歌や演歌とこだわりなく尺八や三味線を演奏します。淡海節や琵琶湖舟歌もとても喜ばれますよ」と話されます。今後の高橋さんの展望をお聞きすると「折角やから自分を活かすために、最高齢の100才の演奏者になりたいね。そのためのトレーニング法を考えて、毎日実践していますわ」と笑われます。今後のご活躍を楽しみにしています。

 

日本民謡晃和会
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