ふるさとに
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今回は栗東市手原にあるブラームスホールにて、歌手として活躍されている声楽家の萩野美智子さんをご紹介します。
萩野さんは声楽家としての活動は勿論ですが、ブラームスホールの運営、そこを拠点として県内各地のコンサート企画・制作など、音楽イベントのプロデューサーとしても活躍されています。萩野さんを語るにあたっては、ブラームスホールの存在は無くてはなりません。ブラームスホールは先代が営む自動車整備会社の周年事業として「地域に貢献できる事業はないモノか」との創業者である義父の声に応えるために、音楽を目指す若者が気楽に演奏できる、手頃なホールがあればとの音楽家であり音楽を志した人の立場から「演奏できる場所の提供」との思いで準備に取り掛かられました。
そんな萩野さんですが、幼い頃から歌うことや踊ることが大好きで、童謡のレコードをかけながら座敷机をピアノに見立てて弾き語る女の子でした。小学校に上がると直ぐにピアノ教室にも入り、音楽が何よりも楽しいと過ごしておられました。しかし萩野さんはある時を境に「歌うことは好きだけど嫌いになった」と言われます。苦々しい思いの10年。だけど音楽が大好きな萩野さんはわだかまりを断ち切り、周りの反対を押し切って音楽科のある高校に進学されました。そこで長年コンプレックスを感じていた声楽を認められ、音楽大学を卒業後、高校教師の傍らオペラのソリストとして、関西二期会にも所属され各種演奏会で活躍される様になったのです。しかし「音楽家より経営者の妻」として生きる選択肢を強いられます。経営者の妻となった5年後に、奇しくも義父からのプレゼントとなるブラームスホールの設立に携わられることとなりました。音楽と萩野さんの深い縁を感じられずにはいられませんね。
1987年自動車販売・整備会社の2階の100坪のスペースに誕生したブラームスホールは、小さいながらも地域に質の高い良い音楽に親しんで欲しいとの思いから、萩野さんのコネクションで一流演奏家を招へいする主催事業を中心に運営されました。しかし地域のクラッシック音楽への興味は乏しく、集客運営は思いとはかけ離れた結果となっていました。そこで「地域に根差した、地域人材を活かした音楽活動」のコンセプトに立ち返り、県内での音楽振興のための企画事業に取組まれます。『萩野美智子―歌の贈り物シリーズ』を各地で公演され、プレーイングマネージャーとして大車輪の活躍は言うまでもありません。各市町自治体や平和堂財団の事業を次々と手がけ、ミッションとして目指した『音楽があふれるまちづくり』の実現に邁進されました。
そんな最中、最愛のご主人のご病気もあって、25年間のブラームスホール活動を一旦休止。ご自身が歌われることもほとんどなくなったのです。しばらく会社経営に没頭されます。子供さんたちも成長され、7年前からお嬢さんはプロの声楽家となられ、2年前にはご子息さんに社長を譲られ、自分らしい演奏活動を再開、再び歌手としてステージに上がられました。更に二人のお嬢さんとユニットを組み「はぎのさんちのコンサート」を全国各地で開催されています。音楽を身近なものとして楽しむことで『音楽があふれるまちづくり』を目指して、いつでも、どこでも、誰とでも音楽を楽しむ。音楽で人とまちを元気にする、地域と人をつなぐ音楽の振興に努めて続けられておられます。益々のご活躍をお祈りします。



